風は凪

私は海岸沿いの道を自転車で走っていた
街はどんどん遠くへ離れていった
そして街が見えなくなり雑木林と平行して海があった
その中を風に為ったかの様な感覚で走っていた
秋の優しい陽射しが木々の隙間から流れてくる
風は凪
だが潮の香りが流れてくる
その中を走る私は風に為ったのだと言う優越感に陥った
至福が訪れた
刹那、「ギュルルバスン!」という音がして私は驚いてブレーキをかけた
何かの機械の部品が落ちていた
どうやらそれを踏んだらしくパンクしていた
機械のコードがチェーンに絡まり無様な姿になっていた
サイクルコンピューターによると20kmほど走った所だった
・・・こんな所でどうしようと落胆していた
目的地の隣街まで10kmはある
そこまでは永延、この雑木林と海の押し競饅頭だ
しかたがない・・・意を決し自転車を押し、歩きはじめた
風は凪
潮の香りだけが漂い、陽は落ち林の向こう側だ
さっきまで、あれ程に爽やかだった時間は過ぎ去った
今、残るのは落胆した気持ちと回転しなくなった後輪の重たさだけだ
しばらく歩くと雑木林の方へ入る道があった
舗装はされてないが、真新しい車輪跡
先を見ると白い軽トラックが止めてある
もしや、人がいたら街のある所まで乗せて行ってくれるかもしれない
そう思い、未舗装の道へ入って行った
さっきは車の陰に隠れて見えなかったが小屋があった
見貧らしい古い掘っ建て小屋
車を止めてそこに入っているのだろう
私は「すいませーん」とドアをノックした
窓の方を見る
ベニアで出来た壁の窓には人影は見えなかった
車を見るとドアのキーは開けっ放し
おかしいなと思いドアを開けてみる
ドアはキィィと軋みながら開く
中には人がいなかった
会議に使う様なテーブルがドスンと置かれ、その周りにスチール製の書類棚があった
とても整理されていた
どこにも人が隠れれるような場所は無い
テーブルの上には「日誌」と書かれたノートが一冊、ポツンとあった
書類棚にはファイルやノートが大きさ別に整理され、置いてあった
何かの事務所なのだろうか
私は「日誌」と書かれたノートを手に取り捲る
こう書かれていた



10月9日
今日はつんぼの日
誰も喋れない

10月10日
今日は盲目の日
誰も見れない

10月11日
クロンボが立小便をしていた

10月12日
インディアンは嘘をつくのか?

10月13日
無意味な日々を過ごした
今日で終わりにする

10月14日
昨日で終わった

10月35日
(再開予定日)





・・・ここで終わっていた
意味はわからない
しばらく待つ事にした
ここにはトイレがないようだ
雑木林の中に用をたしに行ったかもしれない
・・・1時間ほど待っただろうか
誰も来ない
私は諦めその建物を出た
・・・車が無い
私はエンジン音を聞き逃したのだろうか
元の海岸沿いの道に戻り日誌に書かれた事の意味を考えながら歩いた
風は凪いでいた